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승정원일기 1887책 (탈초본 100책) 순조 4년 11월 19일 갑진 7/49 기사 1804년  嘉慶(淸/仁宗) 9년

○ 行左承旨李溏, 右承旨金宗善, 左副承旨李翼晉, 同副承旨金在昌等啓曰, 臣等卽伏見傳敎下者, 有南間罪人在敏楸子島減死安置之命, 臣等聚首相顧, 誠不勝抑塞之至。 噫嘻, 在敏窮凶絶悖之罪, 上通于天, 滿廷臣僚, 沬血懲討, 凡幾月矣? 何幸聖斷赫然, 特允臺啓, 王章自此可伸, 輿憤自此可洩, 傳旨之下, 惟日顒望, 今此酌處之命, 忽下於千萬夢想之外, 此何事也, 此何事也? 不料我殿下之明聖, 有此非常之過擧也。 彼賊, 讎視國家, 誣逼莫重之凶肚逆腸, 言之膽掉, 思之髮豎, 如許劇賊, 豈可擬議於減死島置之律乎? 臣等有死而已, 斷無奉承之路, 相率聯籲, 敢效繳還之義。 伏願聖明, 穆然深思, 亟降設鞫之命, 千萬顒祝, 惶恐敢啓。 無批答。