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승정원일기 2818책 (탈초본 131책) 고종 12년 10월 25일 무자 20/19 기사 1875년  光緖(淸/德宗) 1년

○ 乙亥十月二十五日午時, 上御修政殿。 大臣·政府堂上引見入侍時, 右副承旨李源逸, 假注書車驥衡, 事變假注書金永濟, 記注官白時洽, 記事官金羽均, 左議政李最應, 右議政金炳國, 行吏曹判書閔奎鎬, 行大護軍金在顯, 戶曹判書閔致庠, 守判中樞府事南廷順, 知三軍府事梁憲洙, 禮曹判書金輔鉉, 工曹判書金尙鉉, 行大護軍金炳始, 同知三軍府事李熙昇, 校理李秀萬, 以次進伏訖。 上曰, 史官分左右。 仍敎曰, 大臣進前。 最應·炳國進前, 最應曰, 雨後日氣稍和, 此時聖體, 若何? 上曰, 一樣矣。 最應曰, 大王大妃殿氣候, 何如? 上曰, 一樣矣。 最應曰, 王大妃殿氣候, 何如? 上曰, 一樣矣。 最應曰, 大妃殿氣候, 何如? 上曰, 一樣矣。 最應曰, 中宮殿氣候, 何如? 上曰, 安順矣。 仍敎曰, 今當冬節日氣, 何不過寒耶? 最應曰, 比前稍冷矣。 炳國曰, 此時過暄, 卽乖候, 而昨今日氣, 則比諸日前, 顯有寒意矣。 上曰, 冬日之寒, 乃節候之常也。 仍敎曰, 次對爲之。 最應曰, 臣以無似, 冒據匪據, 幾至一年, 而淟涊度日, 無一辭建白, 無一事措處, 眞所謂將焉用彼相哉? 內省自疚, 寧欲無言也。 今此南北之邊憂形見, 而甲乙之群議未定, 中外之庫儲蕩枵, 而經費之策應無路, 年事屢豐而物價漸至刁踊, 人心薄惡而閭里多有竊發, 外邑徵斂, 則雷厲風飛而窮蔀齎咨, 京司上納, 則日玩月愒而奸藪射利, 侈靡成習, 貴賤無別, 貪墨未懲, 掊克是事, 如是而國何以爲國乎? 以今所見, 賈歎袁涕, 不爲過之也, 迨此之時, 君臣上下, 勵精圖治然後, 猶或捄旣往之弊, 庶可責將來之效, 而此專在於立紀綱·正風俗·勵廉恥·進人才數三件事而已。 臣固知數三件事之爲老生常談, 匪新伊腐, 而苟論爲治之要, 亦不外於是, 而至若行此數三件事之要, 則寔在於日開講筵, 召接賢士, 咨訪治道矣。 區區微忱, 蚤夜憂鬰, 不知攸達, 伏願殿下, 默運淵衷, 奮發乾剛, 戒飭群工, 偕底大道焉。 上曰, 所陳痛切明剴, 惓惓憂國之心, 予實感歎, 敢不佩服, 安民之丕責在予, 馭世之大柄在予, 而猶不能從欲以治者, 豈予求治之不勤歟? 凡百在位, 亦豈不爲國事, 竭誠盡職乎? 予與卿, 當導率而董勵, 以至治理之丕新, 則臣主俱榮矣。 出擧條  仍敎曰, 注書, 是遐鄕之人乎? 源逸曰, 然矣。 上曰, 記注似爲生疎, 此後則各別擇差, 可也。 源逸曰, 謹當申飭矣。 最應曰, 卽見京畿監司閔台鎬狀啓, 則備陳加平郡三面被災之狀, 仍請成川浦落田畓二十三結六十一負一束, 限十年減稅事, 令廟堂稟處矣。 該郡三面, 酷被懷襄之災, 宸念垂惻, 帑貨繼頒, 德意攸曁, 庶獲安堵, 而第其田畓之入於川浦者, 亦不容不終始軫恤, 特許限五年停稅, 仍飭本邑, 泥生還起者, 逐處査執, 俾爲復摠事, 竝爲分付, 何如? 上曰, 依爲之。 出擧條 最應曰, 外邑結價之過濫, 近來難支之民瘼也, 廟奏行會, 繡單矯正, 非不勤且嚴矣, 而視若笆籬, 少無警惕, 憑此籍彼, 有增無減, 曰公納不足, 曰邑用區處, 曰補弊, 曰捄逋, 許多名目, 已不勝摟計, 而雖以捄逋言之, 爲守令者, 不能淸訊吏逋, 竟至攤徵民結, 是可忍乎? 該色輩, 又於其間, 指無謂有, 以少爲多, 百岐徵索, 千般奸弄, 哀此無辜之氓, 其何以支活乎? 道臣·邑倅, 苟能嚴束痛禁, 豈至於是也? 管下各邑之應用, 幾何? 一一報營, 逐條打算, 歸屬之不分明者, 亟行刪減, 當年結價, 道臣酌量定給, 如或違越, 則該守令, 直請罷拿之典事, 嚴飭知委於八道·四都, 何如? 上曰, 以無名之用, 徵出於有限之結, 是豈可行之事, 而道臣邑倅, 豈不念民生痼瘼之在此乎? 依所奏爲之, 各別嚴飭, 可也。 出擧條 最應曰, 朝家之設置各驛, 亶爲命令之傳通, 公行之策應, 而挽近以來, 有額馬匹, 不能如數立待, 其所存者, 非駑駘則玄黃, 不但有顚蹶之患, 甚至於絶站之境, 此已是寒心, 而況畿甸·兩西, 使价頻繁, 尤有異於他道。 見今勅行當前, 不容不先事操束, 令三道道臣, 另飭所管各驛, 必擇健實馬匹, 一一換充, 俾準其額數, 如或伈泄捱過, 則該郵丞, 重勘之外, 道臣亦難免規警。 且以驛弊言之, 濫騎仍犯, 不之糾禁, 見失位土, 不之還推, 屢煩朝令而竟無奉行之實, 動稱凋瘵而不思矯捄之方, 揆以事體, 寧容若是? 一體行關諸道, 擧行形止, 使之修啓, 以觀其勤慢, 何如? 上曰, 馬政之凋弊, 驛田之漏失, 果以此屢有朝飭, 而不卽矯捄者, 誠極駭歎, 依所奏各別申飭, 可也。 出擧條 最應曰, 土豪武斷, 殆有甚於守令貪汚, 所以爲民除害, 莫先於此, 而旣往懲戢, 不爲不嚴, 挽近惡習, 猶復橫恣, 侵虐平民, 無所不至, 蕩敗難支者有之, 顚連相績者有之, 守令豈曰不知, 道臣豈曰不聞, 而有何顧忌, 莫敢禁之乎, 有何愛護, 莫可罪之乎? 念之及此, 萬萬慨歎, 嚴飭諸道, 別般糾摘, 按法重繩後, 這這馳聞事, 分付, 何如? 上曰, 土豪之不能禁斷, 此專出於道臣守宰之掩護泯默而然, 是豈事體乎? 各別嚴飭, 這這摘發登聞, 可也。 出擧條  仍敎曰, 土豪之作弊, 甚於貪官汚吏, 貪吏則猶可論罷, 而至於土豪則果難除祛, 殘民何以支生乎? 最應曰, 誠然矣。 仍奏曰, 臣以戢盜事, 屢遭筵奏, 而竊發之患, 愈往愈熾, 閭閻叢集之中, 突入搜攫, 官村櫛比之間, 群聚攘奪, 聽聞所及, 極爲騷擾, 內而捕廳, 外而鎭營, 其果一直裒如而然乎? 伊來謬弊, 都由於玩法狃令而然, 而試思職事之伈泄頹隳, 則亦豈不自悚而自愧乎? 國家之置捕將·設營將, 法意果何如, 而苟不能辦此一事, 則將焉用彼捕將與營將乎哉? 爲先嚴飭京外, 刻期詗捉, 而萬一有懈慢不稱職者, 左右捕將, 從重論勘, 各該營將, 先罷後拿之意, 知會, 何如? 上曰, 中外竊發之患, 果在在入聞, 而若盡心詗捉, 則豈可如是狼藉乎? 各別嚴飭, 無敢如前伈泄, 可也。 出擧條 最應曰, 近見擊錚原情, 則多有所駭然者矣, 闕係四件, 極冤至枉, 則猶之可也, 而京鄕浮浪之類, 輒以猥屑之事, 肆然呼籲, 已極無嚴, 況該曹之非其所管, 而或爲覆啓, 或爲論關, 職在掌法之地, 不顧越爼之嫌, 大違事面, 後弊難言, 往固不必追究, 而此後則凡四件外, 猥屑者一竝勿施, 狀民照律, 刑配不察之秋曹堂上, 各別論警之意, 捧甘嚴飭, 何如? 上曰, 欲痛禁此事者久矣, 屑越無嚴, 孰甚於此, 而該曹之不顧違例, 覆啓行關, 是何事體乎? 依所奏爲之。 出擧條 最應曰, 今番別使之回, 以灣府之撥, 舟濟軍事, 至有上國賜縀之擧矣, 該邊臣之先期籌劃, 臨機幹辦, 實著勞勩, 義州府尹黃鍾顯, 特加一資, 庸示嘉獎之意, 恐好, 故敢達矣。 上曰, 依爲之。 出榻敎 最應曰, 向以箚批傳諭遲滯事, 伊日承旨與注書之竝施論警, 卽存事體也, 而承旨則已蒙恩敍, 該注書洪承穆, 尙在罷散, 一體敍用, 恐好, 故敢此仰達矣。 上曰, 依爲之。 出榻敎 最應曰, 詔書順付時, 任譯施賞, 多有已例矣, 回還進香, 使首譯韓文奎, 特爲加資, 何如? 上曰, 依爲之。 出擧條 最應曰, 禮曹參判趙康夏, 當爲追榮, 而所后家, 無可施處, 依已例, 移贈其本生祖, 何如? 上曰, 依爲之。 出擧條 最應曰, 登筵注書, 雖緣生疎, 做錯非細, 不可無警, 從重推考, 何如? 上曰, 依爲之。 出榻敎 最應曰, 領敦寧, 向蒙由暇, 獲省先楸, 而見有墓道營役, 不得不躬自幹事, 徑稟後從便來往, 亦有已例, 故敢此仰達矣。 上曰, 依爲之。 出擧條  仍敎曰, 右相則似不伴行矣。 炳國曰, 臣則職事所縻, 不得同往矣。 上曰, 大臣就座。 源逸曰, 諸宰奏事。 致庠進前奏曰, 本曹經用中, 錢邊尤極艱乏, 他無通變之道矣, 黃海道長山以北黃州等十一邑稅太, 每石以錢七兩收捧, 貿太八千餘石, 以爲需用, 而見今各倉所儲, 與當納明春新捧前, 庶可支調, 不足無多, 今年則量宜貿太, 其餘以代錢取用, 何如? 上曰, 依爲之。 出擧條  仍敎曰, 戶曹事勢, 甚爲艱窘, 誠悶然矣。 致庠曰, 今年不恒之用甚多, 莫可塗抹矣。 上曰, 然矣。 致庠曰, 一年歲入, 不過五十二萬餘兩, 支勅與別使四次, 俱是不恒之用, 而自正月已上下錢, 爲八十餘萬兩, 各貢契物種之已捧用未受價, 亦爲五十餘萬, 又將有勅奇, 來頭接濟, 尤爲茫然, 統計其用不下一百四五十萬兩, 一年而用三年歲入矣。 上曰, 今年勅行與別使, 果是罕有之事矣, 別使每次所入, 爲幾何乎? 致庠曰, 戶曹所入, 每次爲近三萬兩, 紙物價與使行盤纏, 亦自惠廳上下者, 而竝西路所入, 洽爲十萬兩矣。 炳國曰, 經費若是艱窘, 目下急務, 莫如節用矣。 上曰, 果欲節省, 而有司之臣, 亦當隨處節用也。 炳國曰, 自上節用, 則財賦之臣, 節用之中, 尤當節用, 裕財之道, 莫過於此矣。 上曰, 稅太代錢, 將爲幾許乎? 致庠曰, 十一邑代錢合, 不過六萬餘兩, 二萬餘兩則不可不貿太, 而代錢取用, 只可謂四萬兩矣。 上曰, 其數亦甚不多也。 源逸曰, 玉堂所懷奏之。 秀萬進前奏曰, 撤講之餘, 向復伊始, 未幾日而旋卽停閣, 固非終始典學之義也。 伏望深軫十寒之戒, 頻接臣隣, 討論經史, 以有緝熙光明之效, 是臣所以區區顒祝也。 上曰, 所陳當留念矣。 出擧條 源逸曰, 今日賓對, 兩司無一人進參, 事甚未安。 違牌諸臺, 竝推考, 何如? 上曰, 依爲之。 出榻敎  仍敎曰, 史官就座。 仍命大臣先退, 又命退, 諸臣以次退出。