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승정원일기 6책 (탈초본 116책) 효종 1년 10월 11일 신묘 26/27 기사 1650년  順治(淸/世祖) 7년

金自點의 罪狀을 停啓한 이유를 아뢰며 陞職을 고쳐 舊品으로 직임을 살피게 해주기를 청하는 朴遾의 상소

    ○ 工曹判書朴遾疏曰, 伏以, 臣猥以無似, 濫蒙異數, 年陞歲遷, 躋至九卿, 涯分已踰, 愧懼交積, 自知不堪, 人謂斯何? 日者略陳短章, 不暇再申, 迫於使事, 悶默就道, 沿運往反, 耿結于心。卽聞昨日夜對時, 筵臣有以斥直言好承順, 進言於前席, 及其下問之際, 指臣名, 有若以臣爲承順而擢卿秩者然, 聞來不覺竦然, 繼之一哂也。金自點之罪狀, 國人之所共知, 合啓之請, 出於中外公共之論, 而爭之累月, 天聽久靳, 只緣時勢, 涉於非便, 停啓之意, 兩行於搢紳之間。臣之妄料, 亦以爲竄與置, 無甚相遠, 度諒物議, 遂停其啓, 初豈以自點罪輕可原三行缺 合啓之擧, 事體重大, 兩司先發, 玉堂繼爭。自是舊例, 而今之合啓, 延涉夏秋, 玉堂寥寥, 竟無一言, 及其發簡通, 問議其停否也, 亦無一言, 卽以甚合事宜, 恐無異同爲答, 昨日進言之筵, 臣安知非前日聯名之員也? 到今反以承順上意, 至達天聽, 臣實驚愕, 莫究厥由。臣之立朝, 餘二十年, 出入臺閣, 非一二計, 雖不能直言極諫, 匡救闕失, 至於逢迎徼幸, 苟爲容悅, 有非臣之本情, 而亦臣之所自信也。若以臣之停啓, 謂之緩論而歸罪於臣, 則臣固無辭, 若以臣爲承意順旨, 規利於身, 則臣不敢服也。但念臣才疏望輕, 官先於人, 人非鬼訶, 勢所必至, 而偶因一時之妄見, 輕止兩司之重論, 講臣云云之說, 烏得以免其來乎? 臣不敢靦然冒居, 進玷名器。伏願天地父母, 憐臣悶迫之情, 察臣狼狽之狀, 亟命鐫改新陞職名, 以舊品仍察擯接之任, 以安愚分, 以謝人言, 不勝幸甚。答曰, 省卿疏辭, 卿何疲劣至此? 此不過以小人之腸, 輕度故也。我家法, 曾無如許事矣, 且緣欲探兪棨事而發, 亦於卿何有? 予深惜其爲人矣, 卿其勿爲固辭, 以損朝家體面, 益懋忠貞, 期以盡瘁。

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