○ 假注書宋國緯狀達, 臣承令馳往于露梁·果川境前右議政趙泰采所住處, 傳宣令旨, 則日已向暮矣。以爲, 臣席藁俟罪之中, 伏承史官傳宣之諭, 譴責不加, 眷庇愈隆, 曲循微悃, 快準所請, 感祝德意, 若新除賜。非臣隕結, 所能上報, 以首頓地, 不覺危涕之被面也。至於偕來之敎, 尤出格外, 臣尤惶蹙, 罔知容措。顧臣前後所遭, 實是士夫難洗之辱。雖終身自廢, 未或爲過, 何可以得解職名幸, 而厭然爲冒進之計哉? 退伏田廬, 以畢餘生, 是臣區區自畫之志。當以一書, 更暴下情云矣。臣旣承偕來之令, 姑爲仍留之意狀達。