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승정원일기 33책 (탈초본 618책) 영조 2년 6월 9일 경오 20/22 기사 1726년  雍正(淸/世宗) 4년

지난번에 예사롭지 않은 엄한 하교를 받았으므로 遞差해 주기를 청하는 閔應洙의 상소

    ○ 司諫閔應洙疏曰, 伏以臣溺職, 而自速枰彈, 有召而輒事違傲, 罪戾層積, 邦憲至嚴, 譴罷之典, 實所甘心, 而曾未一日, 遽加湔滌, 敍命纔下, 除旨繼頒, 授以亞諫之職, 更仄言議之地, 乍遞旋叨, 牽復太驟, 節次推遷, 超躐無漸, 顧此新進僨敗之蹤, 何足備數於聖世, 而反罪而爲榮, 祈免而愈進, 乃至於斯耶? 臣誠惝怳感激, 益不知所以自措也。臣於諫職, 頃日所被嚴敎, 不比尋常。追思至今, 惶汗浹背, 固不敢以事在旣往, 有所自恕, 而至於憲臣之疏, 則抑勒太甚, 聲罪狼藉。乃以無故在家, 恬不驚動爲案, 末復斥之以移咎於承宣。噫, 臣雖無狀, 旣在言地, 凶賊之情節, 苟使先爲聞知, 則豈敢默然坐視, 恬然不動, 而反欲以不匡之咎, 移之於他人哉? 只以事出倉猝, 究覈之請, 未及勘斷之前, 意在相規警責之語, 略效於疏啓之末, 伊時事勢, 卽是通朝之所共知, 原其本情, 夫豈有他, 而今乃疑之至深, 責之至苛, 其所勘罪, 極其嚴峻, 臣之區區情實, 已悉於前後疏中, 今雖欲一一追提, 以自辨明, 卽不過磨驢之更踏故迹耳。非徒支離, 秪覺其疲, 又不必與之呶呶, 以益臺閣之羞辱, 而第臣庸愚, 最出人下, 而濫蒙洪造, 累忝臺端, 莫效骨鯁之節, 實負耳目之責, 絲毫無補於明時, 誠信未孚於同朝, 竟貽臺閣上千古之恥, 此莫非臣之所自取也。亦何暇責人之不相恕諒乎? 羞當世而辱朝廷, 莫大於此, 揆以國體, 政宜嚴加斥退, 使不得更玷於臺選, 而銓曹不恤公議, 汲汲擧擬, 聖明不忍永棄, 強加抆拭, 彈墨未乾, 而覆轍復蹈, 不惟臣之私義, 萬萬惶蹙, 其在淸朝黜陟幽明之道, 決不當如是顚倒苟簡也。天牌之下, 分義是懼, 祗詣闕外, 而千古之羞辱難洗, 一身之廉隅至重, 咫尺天陛, 終不敢入謝恩命, 復此投章徑歸, 臣罪至此, 益無所逃。伏乞聖明, 俯賜諒察, 亟遞臣職, 仍治臣罪, 以安愚分, 以謝人言, 不勝幸甚。答曰, 省疏〈具〉悉。一時下敎, 不可每每爲嫌。爾其勿辭, 從速察職。

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