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승정원일기 35책 (탈초본 651책) 영조 3년 12월 1일 임오 20/25 기사 1727년  雍正(淸/世宗) 5년

    曰, 臣待罪司圃署, 以本署事仰達, 司圃, 以至殘之司, 專管許多供上, 無他財力, 只以湖南五六屯折受所收, 排日計給, 而每患不足, 頃因全羅監司狀啓, 混請留賑, 一署遑遑, 罔知攸措矣。旋因大臣達白, 至還屬本司之命, 而第大臣建白時, 只擧鎭安·錦山兩屯, 其餘四屯則不爲竝擧, 若或只餘兩屯, 而餘屯留賑, 則將無以充數計給, 貢物人之呼冤猶前矣。頃日筵中, 供上衙門, 異他各司之敎, 誠爲至當, 旣是供上衙門, 則各屯所收, 不宜異同, 本署諸屯, 竝勿留賑, 然後庶無苟簡之患矣。臣待罪本署提調, 故敢效在庫言庫之義, 惶恐敢達。上曰, 大臣之意, 何如? 光佐曰, 頃日僚相陳達, 時餘四小屯落漏云, 些少餘屯, 不關於留賑, 竝許本署, 似好矣。壽賢曰, 姜鋧老臣, 本署若有支堪之勢, 則疏陳筵奏, 何如是懇至耶? 些少穀物之留賑, 不甚關重, 供上衙門之難支, 尤可顧念, 許給本署, 恐好矣。上曰, 外方請留, 京司請捧, 若許一司, 則他司紛然, 故予甚難之, 而頃因左相陳達, 兩屯所捧, 許還本署矣。今日提調之言, 又如是, 本署形勢之難支, 可以想知, 所餘四屯, 亦甚些少, 一體還屬於本署, 可也。出擧條  上曰, 姜鋧不見, 已多年, 筋力猶强健矣。光佐曰, 雖有聾病, 精力依舊矣。

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