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승정원일기 36책 (탈초본 669책) 영조 4년 8월 19일 정유 42/53 기사 1728년  雍正(淸/世宗) 6년

    ○ 副校理尹光益疏, 伏以臣頃忝館職, 屬有醜惡之疾, 屢犯違逋之誅, 聖度曲貸, 罰止例勘, 退伏鄕廬, 隨便調治, 仰頌天地生成之澤矣。曾未數日, 恩敍旋降, 繼而召旨遠辱, 臣誠惶恐感激, 莫省攸措。噫, 臣之前後忝叨本職, 非止一再, 雖其學識空疎, 言辭拙訥, 誠不足以備顧問資啓沃, 仰裨聖學之萬一, 而惟其區區所自勉者, 亦竊附於古人承命爲恭之義, 凡有除旨, 除非情病之萬萬難强, 輒皆竭蹶趨承, 不敢爲撕捱之計, 此則聖明或已俯燭矣。顧今逆亂甫平, 艱虞溢目, 此政大小臣工震懾率職之時, 況臣所叨之職, 非庶官末僚之比, 則臣雖無狀, 豈敢以此時, 偃息圖便, 自速慢蹇之罪哉? 第臣所患面瘡, 有異他疾, 見之陋惡, 殆不可近, 閒司漫官, 猶可能奔走陳力, 至於館職, 決不可以似此醜穢之形, 昵侍於經席講讀之列, 此實諸臣之所共見, 而爲臣憐愍者也。日昨一遭登筵, 雖出於事勢之萬不得已, 而私心之悚縮不安, 迄今靡已。念臣此病, 非一時偶患之症, 上焦風熱, 遇暑發作, 始自頭部, 浸及耳頰, 渾面成瘡, 膿汁常流, 浮高潰爛, 殆無人形, 雜試鍼藥, 了無驗效。蓋病狀始添於問郞供劇之餘, 旅次齟齬, 調將失宜, 輾轉沈劇, 今已三個月矣。目今秋序向深, 痊完尙遠, 貼傅膏藥, 杜門坯蟄, 旬月之間, 實無自力供仕之望, 玆不得不疾聲呼籲於天地父母之前。伏乞聖慈, 曲賜矜憫, 亟許遞改臣職名, 俾得專意療治, 以尋生路, 不勝大願。謹昧死以聞。答曰, 省疏具悉。爾其勿辭, 從速上來察職。

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