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승정원일기 37책 (탈초본 687책) 영조 5년 6월 0일 4/70 기사 1729년  雍正(淸/世宗) 7년

判中樞府事 沈壽賢에게 傳諭하고 와서 보고하는 記事官 李漢相의 書啓

    ○ 記事官李漢相書啓, 臣敬奉聖批, 傳諭于衿川邑底判中樞府事沈壽賢所住處, 則以爲臣負罪如山, 受恩如天, 特諭之下, 不敢自阻於天地父母之前, 猥徹一疏, 略暴血懇, 而聖批愈益隆重, 洞照臣肝膈, 臣頂戴奉讀, 感涕橫集。噫, 不忠如臣, 負國如臣, 而不卽愧死, 尙能飮食言語, 與平人同, 臣之頑甚矣。聖明之眷眷不忘於臣者, 若是冞勤, 臣每一承敎, 慙悸發汗, 殆不知措躬之所也。人臣之義, 奉命出疆, 苟不能效其職責, 則國家自有常刑, 況辱國僨事, 若臣之萬萬無狀者, 雖蒙被寬典, 倖逭誅殛, 而揆諸人理, 固宜引分自廢, 沒齒省愆, 少贖其罪而已, 尙安敢貪寵冒榮, 以爲復進之計哉? 聖敎若曰, 昔年遭此等事者其幾人, 而未聞因爲自劃者, 聖上所以開釋慰藉之意, 則至矣, 抑臣之所以辱國僨事者, 卽是有使价以來, 所未有之羞恥, 則其不可更引昔人之所自處者, 以爲今日之例也, 亦審矣。臣之罪戾, 臣實自知, 人言之來, 臣何敢費辭自解, 恩命荐辱, 趨承無路, 瞻望宸極, 神爽飛越, 只自悲臣身之不幸, 情窮辭蹙, 更何所達云矣, 敢啓。

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