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승정원일기 37책 (탈초본 688책) 영조 5년 7월 7일 경술 16/34 기사 1729년  雍正(淸/世宗) 7년

    柳弼垣, 以漢城府意啓曰, 頃因臺啓, 官妓率畜之類, 一倂刷還之意, 捧甘五部, 發關八道矣。卽接北部參奉姜順昌牒呈辭緣, 則部屬司宰監契接禁軍金三雄, 碧潼官妓鳳蟾爲名女, 多年率畜, 而今春刷還令下之後, 不爲下送, 隱置家中矣。稱以去六月二十六日, 仍染患致斃物故所志, 來呈當部云云, 聞來極爲駭然, 所謂三雄, 捉來推問, 則三雄所供內, 以其病重, 不爲下送矣。仍病物故, 果是的實云, 而欲爲依例檢屍, 則稱以已爲權厝, 非但物故眞僞有難的知, 官妓刷還之令, 前後不啻申明, 而渠以幺麽禁軍, 不遵朝令, 隱匿不送, 末乃以物故稱之, 欲出故案。紀綱所在, 不可不重治嚴懲, 禁軍金三雄, 移送刑曹, 各別嚴刑, 鳳蟾物故眞僞査實後, 依法文定罪, 何如? 傳曰, 允。

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