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승정원일기 51책 (탈초본 947책) 영조 18년 8월 11일 정유 20/23 기사 1742년  乾隆(淸/高宗) 7년

    ○ 獻納金尙迪疏曰, 伏以臣, 待罪銓郞之日, 聞臣老父病報, 急於省護, 投狀徑行, 纔數日矣。忽伏承玉署移除之命, 繼而馹召儼辱, 催臣上來, 在臣分義, 宜卽竭蹶承赴。況今園陵行幸, 期日已迫, 情私雖切, 不敢一向處外, 纔已來伏私次, 而昨政又有納言新除矣。從前言議之地, 已有自劃, 則去就一節, 尤無可論。且於憲臣之論銓曹堂郞事, 亦有所萬萬悚蹙者。夫向來薦主現告之命, 固出於嚴國法徵貪吏之盛意, 而臣於伊日前席, 以曹郞, 親承面命, 其在奉行之義, 宜不容一刻稽滯。故臣於罷對之日, 卽以聖旨辭意, 奉宣諸堂, 以爲劃卽擧行之地。而首堂之意, 將欲一經稟旨, 留待登筵之際, 自致遲延。中間委折, 不過如是。而今臺臣之啓, 有若臣故爲稽緩者然, 其亦不相諒, 甚矣。雖然, 緣臣不善奉職, 致速臺評, 豈敢已去其職, 而晏然若無故人哉? 玆敢略搆短章, 仰瀆崇聽。伏乞聖慈, 俯垂鑑諒, 亟遞臣見帶之職, 以安私分, 以謝臺議, 不勝幸甚。答曰, 省疏具悉。爾其勿辭察職。

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