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승정원일기 58책 (탈초본 1057책) 영조 26년 6월 2일 계유 7/8 기사 1750년  乾隆(淸/高宗) 15년

    ○ 右尹申思建書曰, 伏以臣, 淹病縮伏, 與世相忘, 不意乃者, 忽有京兆佐貳之除, 聞命驚惶, 不省所措。念臣, 卽一迂疎之拙措大耳。一切世事, 都不通曉, 而至於錢穀甲兵, 則殆茫然不識其爲何物。身居宥密之地, 參聞軍國之謨, 非惟臣之不自期, 人亦未嘗以是擬待。而緣臣班資冥升, 遂得猥與於籌司之任, 隨行逐隊, 今已數年于玆, 而曾未方物發慮, 以贊機務, 則才器之不稱, 不待人言, 臣實自愧。以臣而居是任, 則物情之未允, 固其宜也。司直之論, 尙猶晩矣。故臣笑而受之, 而第其啓差生色之斥, 語竟深緊, 分受人生色者, 亦豈不瘦餒之甚乎? 噫, 臣自知正明, 而初不能據實力辭, 畢竟自處, 反因拶逼, 此臣所慙恧者也。且臣素患脚病, 遇暑增劇, 痿弱無力, 行步蹣跚。今以稽謝恩命, 召牌儼臨, 而情病俱苦, 末由趨承, 坐犯違逋。律以邦憲, 罪安可逭? 玆陳短章, 仰瀆睿聽。伏乞离明, 俯賜鑑諒, 亟遞臣本兼兩任, 以伸臺議, 因治臣違慢之辜, 以警具僚, 不勝萬幸。臣無任云云。答曰, 覽書具悉。卿其勿辭, 察任。

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