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승정원일기 83책 (탈초본 1536책) 정조 7년 7월 7일 병신 22/35 기사 1783년  乾隆(淸/高宗) 48년

酒禁出禁事로 前掌令 金宗鐸에게 譴削을 시행하고 出禁한 書吏와 所由는 考律嚴繩토록 申飭을 청하는 備邊司의 草記

    沈豐之, 以備邊司言啓曰, 因兵曹參知趙尙鎭上疏, 批旨有禁酒事, 以荒歲不擾民之意, 朝家初不許施, 則五部繹騷, 至謂指日出禁云云, 極其駭怪, 必是攸司不善擧行之致, 卽令廟堂, 嚴査其委折草記事, 命下矣。刑曹·漢城府·五部官員等, 發牌招致于本司, 各該司下屬, 亦爲捉來, 各別査問, 則刑曹·漢城府郞官等以爲, 從前凡百擧行, 皆自政院發牌, 聽傳敎, 然後始乃知委五部, 而今此酒禁一款, 旣無聽傳敎之事。又況前後疏章之批旨, 以荒歲繹騷, 靳許之聖敎, 昭載於朝紙, 則身爲法司官員, 何敢不遵朝令, 擅自出禁? 五部官員等以爲從前凡百禁令, 必自京兆捧甘知委, 然後始乃擧行, 而今番元無以禁酒一款, 自京兆知委之事, 部官何敢擅自出禁云云。各該司下屬, 屢次嚴問, 則各人等所供內, 元無以酒禁一款, 私相酬酌, 傳播民間之事云云, 而司憲府禁吏等及所由等, 捉來査問, 則禁吏崔春得, 所由趙興世所供內, 前掌令金宗鐸, 日前外處茶時之際, 以酒禁出禁事給牌, 故果往南大門外酒家, 捉得賣酒之人, 又於南大門內, 捉得賣酒人云云。以此觀之, 數日間以禁酒一款, 民間傳說, 似由於憲府之出禁, 旣無朝令而擅開禁條, 致有民間之訛傳繹騷, 事未前聞, 極爲驚駭。前掌令金宗鐸, 不可以前已坐罷而勿論, 施以譴削之典, 出禁之書吏所由, 令攸司考律嚴繩, 何如? 傳曰, 允。遐方之人, 不嫺事體, 無足爲怪, 而該府吏隷事, 殊極痛駭, 以不緊事, 出禁前後申飭, 何如? 況酒禁一事, 係是大擧措, 如無朝令, 豈可自下擅爲? 雖欲禁之, 所謂大釀, 一切不問, 惟於無勢數三酒肆, 如是行惡, 致使民情繹騷, 所爲極其無形, 該吏隷, 依草記移付法司, 嚴問, 許多作弊情節, 一一得情以聞, 如不直招, 嚴刑究問之意, 分付, 可也。

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