○ 癸卯八月二十六日申時, 上御誠正閣。坐直承旨與閣臣入侍時, 原任閣臣金宇鎭, 同副承旨趙興鎭, 假注書金孝建, 記事官李崑秀·尹行任, 以次進伏訖。上命注書曰, 汝往傳諭大臣, 有何所答乎? 賤臣對曰, 臣承命傳諭于奉朝賀臣金致仁處, 則以爲, 適有身病, 未得祗迎于陵下, 方切惶悚之際, 史官又此傳諭, 尤不任萬萬悚仄之忱云矣。上謂宇鎭曰, 何事如是速往乎? 宇鎭曰, 方當秋務, 田政尤不可緩忽, 故欲爲下往矣。上曰, 廣州則不至太歉乎? 宇鎭曰, 中都十三面則未免慘凶矣。上曰, 下往勉之。仍命退, 諸臣以次退出。