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승정원일기 113책 (탈초본 2231책) 순조 28년 7월 22일 경신 11/24 기사 1828년  道光(淸/宣宗) 8년

    ○ 事變假注書李培林書達, 臣於本月二十一日戌時量, 敬奉令諭, 馳往傳宣于南部會賢坊松峴契左議政李相璜所住處, 則以爲, 臣以積釁之踪, 有冒死之籲, 申控短箚, 顒俟處分, 而及奉恩答, 睿聽愈邈, 徊徨跼蹐, 臣又於何因極? 臣雖至愚, 粗具恒性, 亦非全昧義分之不可虧, 恩令之不可孤, 顧何敢一事違抗, 自速重戾, 而臣所以瞿瞿反顧者, 去就大防也。 臣之怵迫顚倒, 雖若只屬臣一己之私, 廉義範俗, 方隆盛化, 刑法輔治, 厥有常典。 若以臣之進退, 而玷累而干撓焉, 則不亦大有關於世敎乎? 溝瀆之諒, 縱似硜硜, 若其一段迷執, 亦未嘗無介然於其中者。 苟非然者, 臣何苦而慢令瀆尊, 甘自陷於罔赦之科哉? 泥首攢手, 惟願遄伏邦憲而已云矣, 敢達。 令曰, 知道。 卿之一向浼浼, 作爲情勢, 余果未曉其故。 卿若有眞箇難進之情勢, 則余何可强迫不已乎? 余則盡誠盡禮, 期於勉出而已。 卿如終日不簉朝, 則余當終日坐堂而待卿, 如經夜不簉朝, 則余當經夜坐堂而待, 卿其諒之, 余不多誥。 仍令于鄭知容曰, 此下答, 遣史官, 往諭。

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